cross


「キュウゾウ!キュウゾウ!」
その声と共に、朦朧とした意識がゆっくりと戻り始める。
心配そうな優しい瞳・・俺の大好きな夜の海の輝きを奥底に秘めた・・

「また夢を見たのげぇすか?」
「・・ああ」
問うこともなく黙って額の汗を晒で拭うシチと
こうして何度となく夜を過ごしてきたことだろう。

他の人間は俺の殺気を感じ取ってか又は、ろくに話もしない俺には興味を示さず。
余程、鈍い者以外は近寄ってこようともしなかった。

シチは俺とは反対で社交的な人間、最初は他のやつら同様に興味本位で近づいている・・
そう思い全く相手にしなかった俺もいつしかシチの持つ優しさに触れ、気がつくと目でシチばかりを
追っていた。中途半端に俺に構うなと苛立ち、そしてこの温もりにずっと触れていたいという思慕、
相反する二つの気持ちに今も心が揺れ動く。

「猫を・・・」
「・・・猫を?」
途中、言いかけて言葉を飲み込む俺に、そっと自分の上着を掛けながらシチが囁いた。
いつだってシチは俺を何かから解放してくれようとする・・そう、見えない鎖から・・少しずつ、少しずつ。
「・・・殺した。6歳のころ。」
俺の手にシチの温もりが伝わってくる。瞳は真っ直ぐに俺の方を向き
無言のまま片方の手でゆっくりと頬を撫でていく。
「猫を拾ったんだ。それで・・。」
「ずっと飼っていたんですね。仲良しだった。」
俺はうなずくと同時に後が続けられなくなってそっぽを向いた。

 ***

思わずシチはキュウゾウの頭を抱き
「辛かったら今度でも構いませんよ。ただ、辛過ぎる事を溜めるとどんどん心が固くなっちまう。
段々と気持ちが冷えてきちまう。そうしたら何にも感じなくなっちまいますぜ。あたしはキュウゾウさん
の辛さも一緒に背負わせて貰う覚悟ですから。」
「シチ・・」
くぐもった声がシチの胸から響いてくる。それからゆっくりと顔を放し
「かたじけない・・・。」
薄っすらと目を潤ませキュウゾウは一つ大きく息を吸い、続ける。
「他の猫の様に宙返りさせようと思った。家の近くには大きな岩場があって、ギンとよく遊びに行っていたんだ。」
「ギンちゃんっていうんですね、その猫は。」
「ああ・・白くてあの月みたいだったから・・それで。」
キュウゾウは煌々と青白く光る月を見つめ、思いつめた表情で
「ギンはまだ、2歳。人間でいう20歳位・・もっと生きられたはずだった。」
「それは、誰にも分からない・・もしキュウゾウに拾われていなかったら・・」
キュウゾウはゆっくりと頭を振り、静かにしかしきっぱりと言う。
「きっと誰かに拾われた。天寿を全うしていたに違いない。
あの日、宙返りをすると思った俺がギンから手を離しさえしなかったら・・・。」
思わずシチの手に力がこもるキュウゾウに、シチロージは両手で包み込む。
「可笑しいだろ?猫1匹に・・散々人を斬っておきながら・・俺は・・年が経つにつれ
ギンに対する罪悪感を拭い去れずにいる。」
「お袋さんは?」
「幼子ゆえの詮方なきこと・・。でも俺はあの時、一寸もギンが宙返りに失敗するとは考えなかったのか?
大事に至るとは思いつかなかったのか?そして猫だから許されることなのか?」
目を見開き叫ぶ様に話し続けるキュウゾウにシチロージは
「ギンちゃんは勿論、もっと生きていたかった・・私もそう思いますよ。でもこうも考えられませんか?
ギンちゃんはあなたが大好きだった。あなたと過ごした時はどんな時間にも代えられない程にね・・
時間はその長さなんかじゃなく大事なのは大切な相手との過ごす時じゃないんですかね。
長く愛されもしない時間よりも、短くともあなたと一緒にいられた時がギンちゃんにとってどれだけ幸せだったか・・・
今もギンちゃんはきっとあのお月さんであなたを見守ってますよ。」
頬を伝わる涙をそっと拭い囁いた。
「私がいつでもあなたの傍にいます。」

***

思わず抱きしめる俺にシチロージは
「・・・あたしの最期もギンちゃんの様にキュウゾウが看取って下さいよ。」
少し拗ねた声を出した。シチ・・・悪いがお前が看取ってくれ。その代りお前の時には必ず三途の川の向こう岸で
待っててやる。我儘ばかりですまないが最期に目にする顔がお前でいて欲しい、俺は心からそう願った。