銀杏〜requiem(979SS)上
   
    ほんの少しでも良かった   
    止まり木で羽を休ませたかった
    お前というぬくもりに
    少し包まれていたかった
    そしてどこへも向かわない空へ
    誰も映らない瞳で
    牙を剥き 爪を立て
    羽が折れ 天に向かう時が来るまで
    お前を感じる事ができる日まで 
 
「シチ、少し寝かせてくれ。」
昼下がり芝生に寝転んでいたキュウゾウはいつもの様にシチロージの胸に額を付けまどろむキュウゾウにシチロージはふっとため息を漏らした。最近いつもこうだ。昼休みのほんの15分くらい、キュウゾウは隣に寝転ぶシチロージの腕の中に入り込んで寝入る。時々ではあったが別の部屋というのにシチロージのベットに潜り込み丸まって眠る。そして大きく息を吸い込み、
「こうしていると何故だか落ち着く。」
とシチロージの耳たぶをくすぐる様に囁いた。
(そう言われてもこっちがどきどきしてお陰で万年寝不足ですよ。)
シチロージはキュウゾウの背中に手を回し、頭の雑念を振り払う様に壁に掛かった絵を見つめながら大きく息を吐く。キュウゾウの肩が震え、
「・・・すまない。最近シチの匂いがしないと良く眠れぬ。」
そう言って笑いを噛み殺す。
「人の気も知らないで。」
  − 士官学校に共に入学したシチロージとキュウゾウは学校の中でも目立つ存在だった。それは透き通るような白い肌の訳でもなく、日の光の様な金糸のせいでもなく、武術が抜きん出ていたからであった。剣術に優れ炎を宿したような瞳を持つキュウゾウは「赤凰」と称され槍術に秀でた海の様に深い目をしたシチロージは「青龍」と歌われた。
 入学当初のキュウゾウは誰も近寄らせないひんやりとした刃の様な雰囲気を醸し出していた。その上極端に口数の少ない彼はいつも一人で遠くを見つめながら不機嫌に佇んでいる姿がよく見かけられた。シチロージにはその寂しさや怒りが何故だか伝わってくる。無意識のうちに惹かれていたシチロージはとても放っては置けずキュウゾウの世話を焼く。キュウゾウが突き放しても突き放してもシチロージは尚も世話を焼きたがる。だんだんとシチロージにだけは心を開いていったキュウゾウがシチロージを慕う様になるには長い時間はかからなかった。それでも時々思い出した様に噴出す不信感をシチロージにぶつけてくる。そういう時シチロージは、何も聞かずただ黙ってキュウゾウを優しく抱きしめた。(その傷完全になくならぬとも、こうして私は血が滲んだら拭い続けますよ。)


  銀杏〜requiem(979SS)中
 ある日の事、キュウゾウの元に家族から1通の手紙が届く。それは北国の機密部隊に所属していた父親がスパイ容疑をかけられ獄中死したという内容だった。家族と共に南国へと亡命する決意を固めたキュウゾウはただ黙ってシチロージの首筋に額を押付ける。
「シチ・・・。」
繰り返し繰り返し強く抱きしめてくるキュウゾウにシチロージは
「どうかしたんですか?」
と柔らかな金糸に頬を当てたまま囁く。キュウゾウは口角を上げ
「何でもない。」
とそのままゆっくりと体を離した。その夜、シチロージは様子のおかしいキュウゾウの後をつき、学校の敷地内を抜け、森へと入ってゆく。
「キュウゾウ!一体どこに行くんです?」
「・・・。」
「私も一緒に行きます。」
「来るな!」
「行きます。ずっと共にあると言ったのをお忘れですか?」
「やはり人は信じられぬ。」
シチロージはやさしくキュウゾウを抱きしめ
「またそんな事を・・・私はキュウゾウを信じていますよ。例え誰も信じられなくなったとしてもあなただけは信じています。」
キュウゾウはシチロージの腕の中で大きく息を吐き
「・・・勝手にしろ。」
と乱暴にシチロージの腕を振り解いて足早に前を歩く。シチロージはその後を笑顔を浮かべ付いて行った。キュウゾウの憮然とした表情もいつの間にか消えてゆき、歩調も段々とゆっくりしたものになる。暫くしてキュウゾウが突然シチロージと向き合い、
「少し休む。」
と腕を掴む。シチロージの唇に自分のそれを重ね合わせシチロージをかき抱き二人は藪の中に沈み込んだ − 寝入ったシチロージを見つめながらキュウゾウは愛しげにシチロージの頬に手を当て、
「シチ、必ず戻る。」
そう言い残し、立ち去った。
  − 数日後、シチロージは風の便りでキュウゾウの父が北軍に殺されキュウゾウとその家族が亡命した事を知る。いつも隣にそして腕の中にいたキュウゾウが居ない・・・。常に薄い霧雨のような膜が体にまとわり付く様で、何も感じる事ができない。この心の隙間はいつかは埋まると信じたい。でも2度と埋まる事の無い事を何よりもシチロージ自身が分り切っていた。秋風が心の隙間を揺さぶり続ける。それになれる事しか今は出来ない。しかし何時になったら慣れてゆけるだろう・・・冷たいベットの中で壁にかかる絵を見つめ、
「本当に眠ることが出来たのは私の方でしたね。」
誰に言うでもなくシチロージは呟いた。


 銀杏〜requiem(979SS)下
(終戦直前)
 「カンベエ様早くお逃げ下さい!」
そう言い残し戦場へと戻るシチロージは兎跳兎に囲まれ必死に槍を振るう。後方から紅蜘蛛が現れシチロージめがけて弾丸を放つ。弾丸が破裂し、砕けた岩の破片が次々とシチロージの左腕に突き刺さってゆく。
「っ!!」
あまりの激痛に顔面蒼白となり血の気が引いてゆくのがわかった。目がかすみ次の弾丸がシチロージの真正面に近づくのが朧気に見える。
「シチ!」
聞きたくてたまらなかった声が響きキュウゾウがシチロージを抱きしめ弾丸を避け、そのまま岩陰へと隠れる。
「・・・キュウ・・・ゾウ?」
意識が朦朧とするシチロージを抱きしめたまま、キュウゾウはそのまま担ぎ上げて走り出す。半分崩れ落ちた建物の影でシチロージを下ろし、腕に刺さった破片を1つ1つそっと取り除きながら不器用な手つきで晒しを巻いてゆく。シチロージはキュウゾウの肩口に額を押し当て、
「あなたに逢いたかった・・・冥府に行く前に一目だけでも・・・。」
キュウゾウは黙ってシチロージの滑らかな金糸に頬を付けた。
「シチの匂いだ。」
そして何度も何度もその額にその頬にそして唇に二人はまるで確かめるように唇を押し当てていく・・・暫く無言で抱き合うが、意を決した様にキュウゾウはまたシチロージを抱きかかえ走り出す。瓦礫と化した町のはずれに、砂にまみれた冬眠装置がぽつんと置かれており、キュウゾウはそっとシチロージを下ろし近づいてゆく。キュウゾウが何をするのか察したシチロージは
「何を・・・このまま・・・二人・・で。」
と弱々しくもがくが、キュウゾウはシチロージを冬眠装置に無理やり押し込む。
「お前が死なぬ限り俺も死なぬ。」
キュウゾウはふっと笑いを浮かべてゆっくりとシチロージの濡れた前髪をかき上げ額に唇を落とす。
「キュウゾウ、生まれ変わっても、生まれ変わっても私はあなたと共に生きたい。」
「必ず見つけ出す。今度こそ離れずにお前と・・・。」
そして冬眠装置の蓋を静かに下ろす。シチロージは必死で右手を強化プラスチックに押し当てキュウゾウを見上げた。蓋を挟みキュウゾウの左手が重なってゆき微かな温もりが二人を包む。キュウゾウとシチロージは微笑みじっと互いを見つめた。細胞の1つ1つに刻み込む様に・・・
 − 混濁した意識の中でかすむ目を見開きシチロージは必死にキュウゾウの背中を見つめ続ける。砂に紛れてキュウゾウの姿は小さくなってゆく・・・ 
                
                                    (完)