ライラック・上
「ずっとお慕い申し上げておりました。」
「・・・たわけた事を。」
「何を恐れておいでですか?私は兄者とは違う!」
そう叫ぶシチロージに背を向け執務室へと足早に戻る。中に入るとカンベエはいつもの様にソファーに身を沈めるのでもなく、壁にもたれかかりずるずると堕ちてゆく。
(何を動揺しておる。)
自嘲気味に笑いそっと左手の中指にはめた銀細工の指輪をなでた。
「サスケ・・・」
そう呟いた途端、唇が戦慄くのを止めようと口に手を当て、目をつぶった。
  − サスケとは武学所に入った時から常に一緒だった。軍に入隊した時も同じ第2部隊に所属となり寝起きや訓練、戦地に赴く時は無論の事、休みの時もいつでもカンベエの隣にはサスケがいた。文武両道で物静かなそれでいて笑みを絶やさないサスケは、口数が少ない為誤解されがちなカンベエを、いつもさりげなく助けてくれる。サスケの傍にいると心の凝り固まった部分が次第に解けてくる。
(太陽のにおいがする男だ。)
思い切って、ぼそぼそと想いを告げるカンベエをサスケが受け入れてくれた時カンベエはもうこの世に恐れなど無い気がしたものだ。ただ一つサスケの想いを除いては・・・
「儂はサスケがおれば何も望まぬ。」
そう囁くカンベエにいつもサスケは照れ臭そうに少しはにかんだそれでいて心から嬉しそうにただ黙ってカンベエを見つめていた。 −
  − あの日軍の指令により前線で戦っていた第2部隊は少数にもかかわらず優勢に立っていた。カンベエが刀を振るい、サスケが槍を突き次々とヤカンを始末してゆく。突如として現れた紅蜘蛛が一番近くにいたカンベエめがけて弾丸を放った。
(避けきれぬ!!)
思った瞬間サスケが
「カンベエ!!」
と叫び思いっきりカンベエを突き飛ばす。そのまま弾丸はサスケのすぐ側で破裂し、その体を吹き飛ばした。
「よかっ・・た・・・」
そう言い、笑みを残したまま動かなくなる。カンベエの唇は死人のように冷たくなってゆく・・・もう何も考えられなかった。一気に劣勢となった北軍は撤退命令が出した、にもかかわらずカンベエは仲間の制止も、もはや聞こえず一人紅蜘蛛に切り込んでゆく。
(サスケを返してくれ・・・それが出来ぬのならこの儂を!!)
 気づいたときは軍の医務室に全身を包帯で覆われ寝かされていた。同僚からとうとうサスケの遺体が見つからなかった事、ただ一つ昔カンベエが送った指輪だけがサスケを最期に見た場所に転がっていた事を聞かされ、カンベエはとめどもなく涙を流す。

 ライラック・中
(サスケが死んだ時、わしの一部は共に死んでいった・・・)
 それ以来カンベエはこの世に対する一切の執着をそして愛情を持つまいと自ら感情を一つそしてまた一つと閉ざしていった。そしてこの感情は蘇る事は無いと信じていた。丁度2年前カンベエが部隊長となり新人のシチロージが配属となるまでは・・・
カンベエはサスケの弟が配属になったと聞いたとき、少なからず動揺していた。
(似ていない・・・)
無論、北国特有の金髪・色白ではあったが、サスケの髪はもっと濃い金髪で瞳はグレーに近い緑、背の高さはほぼ同じだがサスケの方がほっそりとして華奢だった。何よりも優等生であったサスケとは対照的に、シチロージはことある毎に問題を起こした。同僚と殴り合いの喧嘩はしょっちゅうの事、その歯に衣着せぬ物言いで上司にも食って掛かる。
 ・・・しかしふとしたしぐさや動作ではっとさせられる時があった。特にカンベエが一番好きなあの笑顔に・・・
 手を焼きながらもだんだんと目で追う様になる自分に戸惑う。
(儂はシチロージの中にサスケを見ているに過ぎぬ。)
自分にそう言い聞かせていた矢先に起きた突然の告白が胸に突き刺さる。
(恐れる?わしに恐れるものなど何も無い。)
大きく息を吸い込み、この後始まる軍議の為に、カンベエは執務室の重い扉を開けた。
  − 数日後、カンベエ率いる部隊は最前線に派遣されていた。死をも恐れぬカンベエの気迫にますます士気が高まる。奇襲攻撃に圧倒され南軍は徐々に徐々に退いていった。そこへ南軍の鉄砲隊が現れる。背後は岩壁、一見すると取り囲まれる形となったカンベエの部隊、実は陽動作戦で北国の鉄砲隊が岩壁の上で待機している手筈となっていたが、現れず次々と仲間が銃弾に倒れていった。
「カンベエ様!」
シチロージはカンベエを庇うように立ちはだかる。必死で槍の柄の部分を使い銃弾をはじき返す。そのうちの1つがシチロージの脇腹に貫通する・・・
「・・・っ!」
「シチロージ!!」

 ライラック・下
 シチロージは膝から崩れ落ちてゆく・・・その時ようやく到着した北軍の鉄砲部隊が岩壁より南軍を蹴散らせてゆく。
「シチロージ!シチロージ!目を開けろ!!」
我を忘れてシチロージの頬を打つカンベエに、うっすらと目を開いたシチロージは息も絶え絶えに
「・・・カンベエ様・・・私は兄者とは・・・違う。」
「わかっておる、わかっておる、もう話すな。」
「私は・・・あなたを置いて・・・逝ったりし・・な・・い・・。」
「シチロージ!」
言い終えた途端、意識を失うシチロージを担架を待たずに担ぎ上げカンベエは走り出していた。
 翌日までカンベエはシチロージの傍で一睡もせずに考えていた。心のどこかでは解っていた筈だ。
(儂はシチをサスケに重ねているのではない。・・・シチを想うておる。サスケの様にシチを失うことを恐れるゆえ重ねていると自分に思い込ませようとしただけの事。)
暫くシチロージのまだ赤い顔を見つめ、額の汗を拭いそっと医務室のドアを閉めた。
   − 漸く傷も塞がり部隊に復帰したシチロージにカンベエは告げる。
「一度しか言わぬ。この身は惜しくは無いが、お前が欲しい。」
ぱっと頬を赤らめたシチロージは照れ臭そうにはにかんでそれで心から嬉しそうな笑顔を向け、
「なんだかあべこべですね・・・・御身は私が守ります。あなたを置いて死んだりもしない。
あなたが好きです・・・今も・・・この先もずっと・・・。だから私を想って下さい、私の中に居る兄者ごと。」
カンベエはシチロージに顔を見られまいと背を向け斬艦刀に飛び乗る。
「・・・シチ、行くぞ!」
「承知!」
                                    (完)