シンビジューム(SS8⇔9と7)上
    シンビジューム(飾らない心) 上
「ヘイさん、まだ腹が痛むんですかい?」
「え?」
ぼんやりと空を見上げていたヘイハチはシチロージに視線を合わせる。
「だって先程から手に持ったおにぎり、全く減っていないですよ。それにほら、ほっぺたのここんところ、ご飯粒が付いていやすぜ。」
「皆さんどうしているかとふと考えていたんですよ。キクチヨやカツシロウ君、カンベエ殿・・・」
とふっとため息を漏らす。すかさずシチロージがにやりと笑い
「キュウゾウもね。」
とじっとヘイハチの顔を見つめる。
「なっなんですか?」
「どおりで、無類の米好きヘイさんの食が進まないわけだ。ヘイさんそれは恋というものですよ、キュウゾウに恋をしているんでげしょ?」
ますます顔をニヤニヤさせたシチロージは悪戯っぽくヘイハチの顔を覗き込む。
「なっ何を馬鹿な事を・・・からかわないで下さい。私男ですよ?・・・それに私は人を好きになる資格など無い。」
シチロージは長く息を吐き、そのまま寝転んで、
「恋をするのに資格なんて無いでしょ。」
と眩しそうに空を見上げる。
「シチさん・・・キュウゾウに言われたんですよ、笑顔を作るなって・・・。」
   −斥候から戻り木の根元で仮眠を取っていたキュウゾウに、ヘイハチは毛布を持ってそっと近づく。
「・・・ヘイハチ?」
キュウゾウは目を閉じたまま微かに笑みを浮かべた。
「ここは夜になるとぐっと冷え込む様なので・・・。」
うっすらと目を開けキュウゾウは
「そんな物よりヘイハチが隣にいた方がずっと暖かい。」
ゆっくりと腰を下ろすヘイハチの肩口にキュウゾウはそっと頭を預けた。夜露に濡れた落ち葉の優しい香りが二人を包み込む。
「・・・ヘイハチ、俺の前では自分に素直でいろ。」
「・・・私はいつでも自分に正直ですよ。」
「嘘をつけ、ごまかす為に目を細めて笑うのは止めろ。」
「どういう意味ですか?」
「目は想いを語ってしまうもの。目を細めて笑うのは相手に気持ちを悟られまいとするものであろう?」
「・・・。」
「俺の前だけは笑顔を作るな。」
そう言ってキュウゾウは目を閉じる。やがて聞こえてくるキュウゾウの寝息と頬にあたる甘い冷気の中でヘイハチは考え続けていた・・・

      シンビジューム(8⇔9)下
   
 頬杖を付き聞いていたシチロージは、
「キュウゾウはきちんとヘイさんと向き合いたいと思っているんですよ・・・キュウゾウに自分の気持ちをきちんと伝えた方が良い。」
「えっ・・・」
「私たち侍は明日はどうなるやも分らぬ身、だったら伝えられる時に想いは伝えるべきだ・・・そうでげしょ?」
「シチさん・・・」
「ヘイさんはもっと自分に素直になるべきです。・・・あっ残りの1つ、相談料として私が頂きます。」
「あっ、そんないけずな!」
「冗談ですよ。ヘイさんを午後からも馬車馬の様にこき使う気でいますんで!キュウゾウには負けますが私の愛の沢山詰まった握り飯でも食べて精をつけて下さいな。」
「あはは、シチさん握ってもないくせに!」
満面の笑みで笑うヘイハチに
「そう、その笑顔!キュウゾウの為に大事に取っておくんですよ。」
笑いながら去ってゆくシチロージの後姿に向かってヘイハチは呟く。
(シチさん、覚悟して下さい。次は私が1本取りに行きますから・・・)
   (蛍屋にて)
 その日の夜更け、ヘイハチはシチロージに蛍屋の離れへと案内されていた。向かいの主がいない膳の上には蛍が舞っている。ヘイハチは落ち着かない様子で、既にほんのりと頬を染めたシチロージを横目で見ながら
「誰か他に来るんですか?」
「ふふっ・・・それは来てからのお楽しみという事で。」
ヘイハチは嫌な予感がし、尚も問い詰めようとした時、戸が開きキュウゾウが現れる。
「それでは私はこの辺で・・・ユキノを待たせてますんで。・・・あっこの離れ、今日は貸切になっていましてね。」
にやりと笑い、シチロージはキュウゾウと入れ替わるように影となって消えてゆく。
(・・・シチさんは全く。)困ったような笑いを浮かべるヘイハチにキュウゾウは、
「縁側にでも出てみないか。」
と誘う。
「満月だな。」
ぼそりというキュウゾウにヘイハチも、
「月を愛でる事も本当に久し振りです。こんなに心に染み渡るとは・・・。」
「俺もだ。」
顔を見合わせ笑い合う。ふとまじめな顔になったヘイハチは大きく息を吸い込み、
「キュウゾウ、私はあなたが好きです。例えあなたと離れていようと・・・私があの世にいってもこの気持ちは変らない。」
言い終った途端に真っ赤になるヘイハチの肩を引き寄せキュウゾウは、
「ずっと一緒だ。」
耳元で囁き背中に手を回した。
   2つの想いが影法師と共に重なり合っていく・・・
                                       おわり