玉瓜575
(1)ゴロ兄とシチ坊−@
「ヘイさん、こんな夜更けにお月見ですかい?まだ傷口が塞がっていないうちから起き出しちゃ駄目ですぜ。」
戸口から出ようとするヘイハチをシチロージがまた家の中へと引き戻す。
「ばれちゃいました?寝ているのもちょっと飽きてしまって・・・駄目ですかね?そうですよね。」
ヘイハチは頭を掻き掻き、苦笑しながら頭まで布団の中へ潜り込む。しばしの沈黙の後ヘイハチはくぐもり声で、うとうとしかけたシチロージに
「シチさん・・・こんな事聞きにくいんですけれど、ゴロさんとはその・・・昔馴染みだったんですか?」
「へ?」
「いや、すいません変な事聞いて・・・しかしこの所、シチさんあまり寝てない様だし寝たら寝たで、ゴロ兄ゴロ兄ってうなされている様だったので、つい・・・」
「・・・」
「いや、良いんです。本当にすいません!ゴロさんが亡くなってまだ日が浅いのにこんな事聞いてしまって・・・でもなんだかすごく苦しそうだったので。」
シチロージはふっと短い息を吐き、
「ヘイさんにかかっちゃこのシチロージも形無しですね・・・子守唄代わりにひとつ昔話でも聞いちゃあくれませんか?」
「是非。」
ヘイハチはちょこんと頭だけ出しにっこりと笑う。その笑顔に誘われる様にシチロージは語りだした。
− あれはシチロージが6歳になったばかりの頃、北国と隣国の西国の国境付近で武力衝突があり、シチロージの住む町の近隣も空襲により大打撃を受けていた。槍の名手である父は戦地へと赴き、残る病弱な母と歳の離れた姉はシチロージの身を案じ、南国に嫁いだ母の妹の元にシチロージを送り出した。
出立の前、母は床から起き上がりシチロージを呼ぶ
「これは我が家の家紋、三銀杏(みついちょう)です。どうかこの家紋に恥じない生き方をしておくれ。それからお前は腕白が過ぎる所があるから心配です。叔父上、叔母上の迷惑とならぬ様、喧嘩をしてはなりませんよ。」
と言い家紋の入った短刀を渡した。姉も
「父様に万が一あらば、お前がこの家を護っていくのですよ。」
と涙ぐみながらいつもの様に家紋の形に髷を結う。
「いつまでも母はあなたの事を想っています。そして無事を願っています。」
気丈に振舞いつつも、ひとすじ、またひとすじと母の頬に涙が伝わる。シチロージはぐっと涙をこらえ、まだ見ぬ南国へと旅立って行った。
*三銀杏−実存します。但し、シチロージとは何の関係もありません。(ご覧になられた方で万が一、家の家紋が三銀杏の方がいらっしゃったら本当にすいません!お借りしました。)
(1)ゴロ兄とシチ坊−A
叔母の住む町は玉章(たまずさ)という小さな町で、1年を通して暑く雨が多い土地だった。そしてそこに住む人々は、髪と目は黒く肌は褐色で、シチロージの様な色白金髪でしかも三つ髷という様子はかなり珍しく、子供達は事あるごとにからかう。いつもなら腕白ぶりを発揮して、そんな子供達などこてんぱんにやっつけてしまうシチロージだったが、さすがに母の最後の言いつけを守り、こぶしを握り堪えていた。
そんなある日の事、(・・・そうだ、皆と同じ様になれば仲間に入れてくれるかもしれない。)そう考えたシチロージは普段叔母が使っている反物用の染粉を持ち出し、町外れの小さな湖のほとりでせっせと混ぜ合わせ、夢中で白い肌を褐色に塗りつぶしていく。
「何をやっておる。」
振り向くと自分よりふた回り程大柄な童がからかう様に腕を組みシチロージを見下ろしている。シチロージは睨みつけながら黙っていると、急にその童はシチロージを担ぎ上げ、湖へと投げ飛ばした。そして自分もザブザブと湖に入りシチロージに近づくと、
「親からもらったせっかくの肌が台無しだ。もっと胸を張れ胸を!良いではないかお主はお主なのだから。」
そう言うと、ごしごしとシチロージの体を洗っていく。驚いたのとこの町に来てからずっと心細かったせいもあり、ワーッと泣き出すシチロージに童は、
「泣くな泣くな、もし辛い事があれば某に話せ。・・・申し遅れた、某は片山ゴロベエ。お主、名は何と申す?」
「っひっく・・・・シ、シチロージ。」
「そうかシチ坊、噂は聞いておるぞ。親元から離れ、さぞ寂しかろう・・・これからは俺を兄と思え、俺以外の前では泣くな。」
笑いながら泣き止みそうに無いシチロージの頭を労わるように撫でていく−
−「ゴロさんらしいおっしゃり振りですな。シチさんもそういう時があったのですね。」
シチロージは口元に笑みを浮かべ、
「小さな町でしたからね。毎日毎日、見世物小屋を覗くように叔母の家へと子供達が来るんでさぁ。戸を開くと蜘蛛の子を散らした様に逃げて囃し立てるんです。鬼っ子、鬼っ子ってな具合に。」
「子供はある意味残酷ですからね。でもシチさん、いくら母上の言いつけとはいえよくそんなに大人しくしてられましたね。」
「いや、恥ずかしながら一度だけ爆発させた事があるんです。」
とシチロージは頭を掻き掻き、照れ臭そうに白状する。
「ふふ、やはり。聞かせて下さい。」
ヘイハチはさらに笑顔を深くして言った。
ゴロ兄とシチ坊−B(流血あり)
玉章(たまずさ)には道場が1つしかなくそこでは剣術を始め、槍術、柔術などを教えており、シチロージはゴロベエと共に通っていた。
歩いたと同時に、槍の名手である父親から手ほどきを受けていたシチロージは槍術だけでなく他の武術もめきめきと上達させていった。そんなシチロージを師匠もいたく気に入っていたが、面白くないのが他の、特にシチロージよりも兄弟子達だった。いつかは痛い目に遭わせようと示し合わせ、シチロージの帰りを待ち伏せする。すると図体の大きいゴロベエが必ず隣にいるのだから手出しが出来ない。だが、そんな兄弟子達もついに機会が巡ってきた。
ある日の事、ゴロベエは師匠の使いで隣町まで出ていた。シチロージが一人、家路へと向かう途中にいきなり兄弟子達が現れる。
(全部で14,5人ってところか・・・騒ぎは起こしたくない。)
兄弟子達の一人が凄んでみせる。
「シチ、これを返して貰いたくば、竹刀を捨ててそこに座れ!よそ者の癖に・・・目立った真似をしやがって!」
と挑発するようにシチの短刀を頭上にかざし、そして柄の部分を舐め上げ唾を吐いた。逆上したシチロージは竹刀を振り回す。小柄ながらも身のこなしの素早さ、振り下ろす的の適格さから一人、また一人と相手を追込んでいった。しかしさすがに大人数、もはやこれまでと思った瞬間、ゴロベエが飛び込んでくる。
「お主等何をしておる!一人に対し、この多勢侍にあるまじき行為ぞ!」
と全て相手の竹刀を素手で捌いていく。後三人となった所で、兄弟子が、シチロージの短刀をゴロベエに投げつけた。
「・・・っ」
短刀はゴロベエの頬に突き刺さる。兄弟子達が逃げる中、シチロージはもがき苦しむゴロベエの頬から短刀を抜き、まだ幼い手で近くに生えていたドクダミで止血をする。そして晒しを引き裂き顎から頭にかけて巻いていく・・・
「ゴロ兄、大丈夫?痛くない?」
弱々しく頷くゴロベエのその大柄な体を背負う。
「ゴロ兄、死んじゃ駄目だからね。」
シチロージは涙でぐしょぐしょになりながらも真っ赤な顔でゴロベエに話しかけ続けた。
(1)ゴロ兄とシチ坊−C
「ゴロさんの頬の傷、その時に出来たものだったんですね。」
肩肘を突きながら、感慨深そうに頷くヘイハチに、
「自分の短刀だったんで申し訳ない気持ちで一杯だったんですけどね、優しいお方だから『何、これでお前の事を片時も忘れられんようになったわ。』と冗談を言い笑ってましたよ。」
シチロージは囲炉裏に炭をくべながらしみじみと語る。
「・・・案外、本気で言ったかもしれませんよ。」
真顔でヘイハチは呟く。
「なんだか余計に目が冴えてきました。シチさんもう少し子守唄、聞かせてください。」
「ヘイさん、なんだか少し寒くなってきましたね。燗でもつけますか?」
「良いですね!寝酒に子守唄とくれば眠る事が出来そうですよ。」
とくりを湯につけながらシチロージは静かに語り始める。
−あれはシチロージが9歳の時、叔母が話してくれた。
「それはとても美しい光景でした。私も1度きりしか見たことは無いけれど、夜の闇に浮かぶ一面の白い花。」
道場からの帰り道、シチロージは町と隣村の境にある崖に咲くその玉瓜の花のことをゴロベエに話す。
「シチ坊、これから見に行くか。」
最近声変わりし始めた低い声でゴロベエはぽつりと言った。シチロージは喜びつつも最近、急に大人っぽくなりだしたゴロベエがなんだか遠くに行ってしまいそうで、そっとゴロベエの手の平に自分の手を乗せてみる。ゴロベエは一瞬びくっとしつつも握り返す。ゴロベエの方でも同じ気持ちを抱いていた事をシチロージは知る由も無かった。シチロージは今ではすっかり町に溶け込み、元来の人懐こさと愛嬌の良さ、それに加えあの容姿、今や町中の人気者となっていた。
(・・・シチが皆に好かれればこれほど良い事は無いのに、俺は何を考えている・・・。)
言葉は少なかったが、二人は満ち足りた気持ちで隣村へと向かった。
ゴロ兄とシチ坊−D
誰そ彼の刻、二人は叔母に教えてもらった場所へと急ぐ。崖を半分降りた所で、二人は足を止める。闇夜に浮かび上がる白い五花弁の花の群れが夜露に濡れ清々しくも妖しく咲き乱れていた。
(シチに似ている・・・)
「ゴロ兄、すごいね!」
握っていた手をさらにきつく握り締めながらシチは感嘆の声を上げた。ゴロベエも握り返し、
「ああ、・・・なあ、シチ坊、俺は卯月には国の武学所へ行く。・・・この町には後、半年程しか居られぬ。」
今にも泣きそうなシチロージのの顔を覗き込む。
「だがシチ坊とはずっと兄弟だ。・・・片時もお前の事を忘れまいぞ。」
「私もゴロ兄の事を決して・・・。」
泣きじゃくるシチロージを抱き寄せゴロベエは背中を叩く。
「この一緒に見た風景もけっして忘れぬ・・・。」
と腕の中にある大切なものにそっと語りかけた。
−「で、泣きつかれて、帰り道歩きながら寝ちまったんでさぁ。ゴロさんが背負ってくれたんですけどね、その背中の温もりは今でも覚えていますよ。」
シチロージは囲炉裏の炭を火かき棒で動かしながらしみじみと語る。炭火はシチロージの白い手をほのかに照らし、パチパチと音を立てた。
「シチさんの初恋はゴロさんだったって訳ですね。」
ヘイハチは慈しむ様にシチロージに笑顔を向ける。
「なっ。」
シチロージは赤くなった顔を隠すように俯くと、
「ははっ、シチさんはいつも飄々としている割にはそういう所、分かり易いですよね。」
「ご冗談を・・・ちょいと酔いを醒ましてきます。」
シチロージは俯いたまま立ち上がり、縁側に降りてゆく。ヘイハチは目を閉じゴロベエに語りかける。
(ゴロさん、あなたもでしょ?)
(2)絆−@
ゴロベエが武学所に入学して程なくシチロージは実家へと戻された。北国と西国が和睦を結び、人々は日々日常を取り戻しつつあった。
ある日の事、道場からの帰り道いつもの様に大勢の仲間に囲まれたシチロージの行く手に1人の若者が立っていた。いかつい体躯と左の頬の傷、そして暖かい眼差し・・・
「ゴロ兄!」
シチロージはぱっと駆け出し懐かしいゴロベエの胸の中に飛び込んだ。いつも飄々とし、歳の割にはませたシチロージの予想外の態度に仲間達は唖然と立ちすくむ。仲間にすぐさま別れを告げ、シチロージはゴロベエと並び歩き出した。
「シチ、大きくなったな・・・」
すらりと伸びた容姿に幼い頃は見られなかった刃の様な鋭い美しさが潜む。そんなシチロージの様子を眩しそうにゴロベエは見つめる。
「ゴロ兄、入隊したんだってね。」
「ああ、・・・ちょっと用事があってな、お前も来年から武学所ゆえまた会えなくなる・・・そう思うてな。」
突然シチロージがぎゅっと背中に抱きつき、
「ありがとう!ずっとゴロ兄に逢いたかった。」
「俺もだ。」
ゴロベエは目を閉じ自分の胸に回された手を一寸の隙間もなくしっかりと包み込んだ。しばらくお互いの温もりを確かめ合う様にじっとしていると、ゴロベエはふっと思い出した様にポケットをごそごそと探る。小さな袋を取り出し、シチロージに渡した。
「・・・?」
「手当てが入ったのでな、シチに似合うと思うて。」
袋を開けると手の平に小さな耳飾が2つ転がる。シチロージの金糸と同じ色・・・シチロージが驚き見上げると、ゴロベエは照れ臭そうに頭を掻いた。
「?ゴロ兄、何で二つなの?」
玉章では子供は1つ、それも左側だけだと思っていたシチロージはゴロベエを不思議そうに見つめる。ゴロベエは慌てた様子で
「いやなに・・・お前はもともと玉章の人間ではないゆえ・・・その、シチにはこの方が似合うと思うて・・・な。」
顔を赤らめて言い訳するゴロベエをシチロージは不思議そうに見つめた。
絆−A
武学所より北軍の軍隊に入ったシチロージはカンベエのいる部隊へと配属される。カンベエは武術はもとより、操縦術に秀で、明るく自然な気配りが出来るこの若者をいたく気に入り、いつでも手元に置いていた。シチロージの方でも武術、戦術共に優れ、・・・特にゴロベエに似た懐の深さを持つこの軍師に居心地の良さを覚える日々。しかしカンベエはシチロージの時折見せるふとした表情に違和感を感じていた。ふと視線を感じるとシチロージは嬉しそうに、そして懐かしそうに自分を見つめている。
(儂を?否、儂を通して誰かを?)
シチロージのそんな表情に少し苛立ちを覚える自分に戸惑いを感じる日々が続いていた。
そんな矢先、今までは不可侵条約を結んでいた南軍と北軍が国境で小競り合いを始める。一時は停戦の動きを見せたが、日に日に戦況は悪化するばかり・・・母方を南国にもつカンベエは複雑な思いを感じていたが、シチロージもまた様子がおかしい。だんだんと顔色が悪くなり思い詰めた様子のシチロージをカンベエが呼び出す。
「シチロージ・・・何かあったか?」
「いえ・・・別に。」
「言えぬ事か?」
「・・・幼少の頃、南国の玉章という町に居た事が。」
「捨てろ。」
「・・・え?」
「そういった感情は捨てろ。戦場では肉親でも敵と思え。」
「・・・承知。」
その夜、カンベエ率いる部隊は発動命令を受け国境へと向かった。移動する途中に南国の部隊に囲まれてしまう。必死に応戦するもシチロージは1人、だんだんと味方から引き離され取り囲まれてしまった。背後は先の見えぬ洞窟。背中に緊張を走らせながらも槍を振るう。その時、後から来た1人の兵士がシチロージに向かって連発銃を撃つ。シチロージはかわそうとするが銃弾の1つが右腕に食い込む、と同時に弱くなっていたと思われる洞窟の入り口が音を立てて一気に崩れ落ちてくる −
(2)絆−B(流血あり)
一人部隊から取り残され、洞窟の入り口も塞がれてしまったシチロージは先程の銃弾で右腕の肩口から血が溢れ、鉛玉は未だ体内に残されたままだった。
土砂や石の隙間から僅かな光が差し込む。その光を頼りに腕の中で暴れている弾丸を取り出そうと短刀を取り出した。短刀を持つ手が震える。
「うっ!」
あまりの激痛に声を上げてしまう。
「・・・誰だ?」
洞窟の奥から声が近づいてくる。
(もしや南軍?)
悪い予感は当たるもの。南軍の軍服が闇の中からうっすらと浮かび上がる。
(くっ・・・こんな時に。)
シチロージは身を硬くし左手で槍を構える。
「・・・シチ!?」
「?・・・ゴロベエ殿どうしてここに?」
顔に残るこわばりを残したまま問いかけるシチロージにゴロベエは
「俺は瀕死の兵を洞窟に運んでいた所だ・・・先程、息絶えてしまったがな。・・・!!撃たれたのか?」
「銃弾に当たってしまって・・・私もまだまだですね。」
激痛と高熱とで意識が朦朧としているシチロージにゴロベエは
「少し痛むが我慢しろ。」
と言い放ちシチロージの短刀を手からそっと抜き取る。火打石で火を熾してから短刀を消毒した。
「うっ!」
シチロージはあまりの激痛に気が遠くなりそうになるのを必死で食いしばる。ゴロベエは鉛の毒が少しでもシチロージに残らない様にと傷口に口を当て血を吸い上げては吐いてゆく。
「ゴロ兄・・・」
玉のような汗を浮かべたシチロージはうっすら瞳を開き弱々しく微笑む。
「私は敵軍ですよ・・・たとえ・・・血を分けた・・・」
「言うな、お前は・・・お前だけは特別なのだ。」
「・・・ゴロ兄。」
うわ言の様に繰り返すシチロージの宙に彷徨う左手をゴロベエは両手で包み込んでいく。
絆−C(キスあり)
顔を真っ赤にし体中が熱を放っているシチロージの口に、ゴロベエは丸薬を含ませる。
「シチ、飲め。」
と水を含ませるも丸薬ごと吐き出してしまい、
「ゴロ兄、ゴロ兄・・・」
とうわ言ばかりを繰り返した。一瞬眉根を寄せたゴロベエはふっと笑みを浮かべ照れ臭いのかシチの目を覆い、丸薬と共に水をまだ呼吸の荒いシチの口へとゆっくり流し込む。
つかの間、ふっと意識が遠のいでいたシチロージは入り口の土砂が滑り落ちる音で目を覚ました。ひんやりと落ち着いた洞窟の空気と明るいが埃っぽい外気とが交差する。ふと見ると右腕には晒しが巻かれておりゴロベエの上着がかかっていた。見上げるとゴロベエの愛しむ様な微笑みが・・・ゴロベエの顔が近づきシチロージの唇に触れる。
「・・・ゴロ・・・兄?」
左手でゴロベエの手を握りながらもシチロージはまた意識が遠のく。シチロージの傍で肩肘を突き寝転びながらゴロベエは満ち足りた気分でずっとシチロージを見守っていた。
−(シチロージがいない・・・)
死体が収容され怪我人が運ばれる中、シチロージの姿を捜し求めカンベエはつい先程まで戦場と化した場所を捜し回る。
(まさか、捕虜に?)
思いつつもまた走り始める。ふと最近崩れ落ちた形跡がある土砂が目に止まる。
「シチロージ!」
「・・・。」
(人の気配?)
必死で石や土砂を取り除くと晒しを巻いたシチロージの姿が徐々に現れた。
「捜したぞ!」
「申し訳ございません。」
まだ熱が高いのか真っ赤な顔のシチロージは頭をたれた。カンベエがふと殺気を感じる。
「・・・他に誰かおるのか?」
「いいえ、私1人でございます。」
倒れそうな体を槍で必死に支えながら、しかしきっぱりとした口調で言い放つ。
(この殺気にシチロージの晒し、・・・そして足元に転がる南軍の上着・・・)
カンベエが口を開く前に
「誰もおりません。急ぎ軍に戻らねば。」
よろよろとシチロージはカンベエの前に立ち塞がる様に進み出た。
「・・・行くぞ、シチ。」
カンベエは背を向ける。
(どうかご無事で・・・。)
シチロージはその温もりを逃がさない様に左手をそっと握り締め歩き出した。
玉瓜575
(3)魂売−@
大戦が終わり気づくとシチロージは蛍屋に拾われていた。ようやく左手の義手が慣れてきたある日の夕方、女将の用事で癒しの里から初めて外に出る。ふと町人達が人垣を作っているのが目に留まった。ぼんやりと眺めていると人だかりの向こうには見覚えのある背中が見える。
「ゴロ兄!」
シチロージは人ごみを掻き分け、ゴロベエの前へと歩みを進める。
「・・・お人違いであろう。そうだ、お主少々遊んでいかれぬか?」
以前は黒々とした髪が、下弦の月の光の様に儚い光を放ったその銀糸に変っているのを見つめながらシチロージは物言えずに黙っていると、ゴロベエは一見すると満面の笑みを浮かべ声を張り上げる。
「さあ、お立会い!死ぬも生きるも運次第。命が的の大勝負の始まりだ!」
と弓を渡す。シチロージは戸惑いながらも弦を引き絞り目で合図を送と矢を放った。
−矢が放たれた瞬間死を願い寸での所で死におびえる。額から血が滲み、疼痛の笑みを浮かべるゴロベエに拍手喝さいが巻き起こった。人々が散ってゆくのを見計らいシチロージはゴロベエに近づくと
「何故お主、目で合図を送った?」
「ゴロ兄・・・死にたいのですか?」
ゴロベエは問いには答えず帰り支度を始める。
「ゴロ兄・・・その白髪・・・」
「戦が終わった時こうなっておったわ。ゴロ兄などもういない。あの戦で、あの‘骸の道’で果てたわ・・・シチロージ殿。」
ゴロベエは薄く笑みを浮かべシチロージの左手をそっと撫でて
「もうお前を守ってはやれぬ。」
ぽつりと言うと背を向けて歩き出す。シチロージは堪らずゴロベエの背中に抱きつき叫ぶ。
「私はあなたとの絆を断ちたくない!」
力の入った腕をゴロベエはやさしく振り解いた。
「某にはその様な資格などござらんわ。」
そう言い放ち、町の喧騒へと消えてゆく。シチロージは何時までもその場に立ち尽くした。
*骸の道(蛇足説明)−アニメでこの部分について触れているのかちょっと定かではないので簡単に説明しますとゴロさんは大戦中、死人もしくは息絶え絶えな人で溢れる戦場をたった一人で歩いた際、息のある者から次々と、家族や恋人への手紙等を受け取ります。その数はあまりにも多く刀で自分の腕に刻まなければいけない程で、ゴロさん自身も混濁した頭で歩き続けながら、心が静かに壊れていきます。気づくと味方に助けられ、手紙等は味方の手により処分されていました。それ以降、ゴロさんは笑う事以外の感情を失い、緊張していなければ眠ることができなくなりました。(by小説)
(3)魂売−A
次の日もまたその次の日もシチロージはゴロベエの芸事場へと足を運んだ。ゴロベエが店じまいを始める頃になると近くに行き話しかける。最初はかたくなにシチロージに取り合わずにいたゴロベエであったが半月程たったある日の夕方、ゴロベエは
「お主もほとほと、しつこい男よのう。」
とため息混じりに告げ、川の土手へとシチロージを誘う。
「大戦中、何があったのです?」
腰を下ろすと同時に口を開くシチロージに、
「知ってもどうにもなるまい。」
ゴロベエは土手に寝転ぶ。
「何故、その様な危険な芸事をされるのですか?」
「・・・。」
ゴロベエはゆっくりと目を閉じる。
「・・・生きている事を実感できるゆえな。」
意味が解せずにいたシチロージはさらに問いかけようとゴロベエの方へと顔を向ける。ゴロベエは小刻みに震え額からは玉の様な汗を流していた。瞳が揺れている・・・。思わずシチロージはゴロベエの顔を自分の胸へと抱きこむ。しばらくして震えが治まったゴロベエは顔を上げ、
「最近、静かなところが苦手でな。」
と自嘲気味に笑う。シチロージは慈しむ様に未だ残るゴロベエの額の汗を手の平で拭った。
「あなたの傍に居たかった。あなたと共に傷を負いたかった。」
微笑みながら、瞳からは涙が零れ落ちる。
「泣くな泣くな、・・・お前が傍にいなくて良かったわ。」
ゴロベエはそっとシチロージの涙を拭う。
「・・・シチロージ。もう芸事場には来るな。」
「えっ?」
「少し一人で考えたい事があるのでな・・・なあに某から逢いに行く故。」
「・・・。」
「約束する故に。」
シチロージは一瞬口を固く結び、
「お待ちしてます。」
と真っ直ぐな瞳をゴロベエに向けた。
魂売−B
シチロージが盆を下げようと蛍屋の渡り廊下を歩いているとゴロベエがひょっこりと表れた。
「ゴロ兄!」
「その言い方は止めろと言ったであろう。」
苦笑を浮かべながらもゴロベエはじっとシチロージを見つめる。
「ちょいとお待ちを!」
シチロージは慌てて盆を片付けゴロベエがまるで逃げると思っているのかの様に走って戻ってきた。
「そう言えば、ゴロ兄に見せたい物があるんです。」
シチロージはゴロベエを蛍屋の裏庭の片隅へと誘う。そこには一輪の玉瓜の花がひっそりと咲いていた。二人は腰を下ろし無言で白い花を見つめる。
「昔はこの花、シチに似てると思っておった。しかし俺の方であった様だ。」
ゴロベエはシチロージに微笑む。
「?」
意味が解らず問いかけようとするシチロージに店の奥から声が掛かる。
「シチさん、女将さんがお呼びですよ。」
名残惜しそうにシチロージはゴロベエを見ると、ゴロベエは言って来いとばかりに頷く。シチロージが去った後も尚、ゴロベエは玉瓜の花を見つめていた。
白き花は月に惹かれる 月は己の心を癒す
白き花は月を求める その光は己を包む闇を一瞬でも取り除いてくれるから
しかし白き花は月に嫉妬する 眩し過ぎてこの手で雲を呼び隠したくなる程に
だからお前は己自身の闇で穢れる事のない様に、傷つく事がない様に交わらないでいて欲しい
そしてどうかどうか遠くからそっと見守らせておくれ
座敷の方が一段落し、ユキノが話しかける。
「そう言えば先程、例のお侍さんが来てたね。」
「例のって?」
「ほら、お前さんが床上げする前に少しだけど何回かお前さんの為に使ってくれって銭を置いていってくれたお人だよ・・・」
最後まで聞かずシチロージは走り出した。ゴロベエを捜し求めて虹雅峡を彷徨う。次の日も、そして次の日も・・・。
魂売−C
「そんなんで蛍屋にヘイさんたちが来るまでゴロさんとはそれっきりだったんでさぁ。」
午前中のカンナ村での作業も一段落し、遅い昼飯を取っていたシチロージは手に持つ握り飯を見つめながらヘイハチに話しかける。
「ゴロさんの抱えているものが一体なんなのか、私にはよく理解できなかった。・・・何も話しちゃくれなかったんですよ。・・・ただ苦しんでいるのが解っただけで。」
ヘイハチもまた大好きな握り飯に喰らい付く訳でもなくぼんやりと、
「私にはわかるような気がしますよ。」
そうしてシチロージににっこりと笑いかける。
「ただ、あなただけには解って欲しくなかった、そういうゴロさんの気持ちも解ります。もちろんシチさん、あなたにも抱えているものがおありでしょう。でも性質が違う。同じ様な所で病んでいる私には漠然とですが解る様な気がします。」
「私はゴロ兄を救いたかった。その傷を癒したかった。」
「十分救われています。あなたの存在で一瞬でも抱えるものを忘れる事が出来たんだと思いますよ。・・・私じゃ傷を優しく舐めあうように前にも先のも進めない時間を共有する事しか出来ませんから。シチさん、あなたがいてそしてカンナ村を救うと言う事で、自分が生きる意味を持てた・・・ゴロさんはきっと幸せだったと思います。」
そういってにっこり微笑むヘイハチは当然真顔になり、
「あっ、シチさんせっかくの握りめしが乾いてきてます!早く食べないと!」
とあわてて、握り飯にかぶりついた。
魂売−D
その夜、二人は囲炉裏を囲み、酒を酌み交わしていた。
「五臓六腑に染み渡りますねー!」
既に赤い顔をしたヘイハチは上機嫌でお猪口を置く。
「ところでシチさん、前から気になっていたんですが、北国出身なのに耳飾をしているとは珍しいですね。」
「ああ、これは玉章でゴロ兄の真似をして左だけ開けて・・・後から両耳にしたんですよ。」
耳飾を愛しげに触りながらシチロージが言うと、ヘイハチはにやりと笑い、
「もしかしたら、その耳飾、ゴロさんに貰った物じゃありません?」
「そうですが、それがどうかしました?」
「シチさん、その意味解っています?」
「?」
「玉章では子が生まれた時に片耳、そして恋人が最愛の人へ幸福を願う意味を込めて両耳用の耳飾を送るそうですよ。」
「・・・。」
シチロージの目から涙が零れる。幾筋も・・・そんなシチロージの頭をヘイハチは抱きしめて呟く。
「・・・ようやく泣けましたね。」
そう言って労わる様にゆっくりと頭を撫ぜる。暫くして、シチロージはヘイハチの胸の中で囁いた。
「・・・作りましょう。」
「えっ?」
「ゴロさんの為の耳飾・・・二人で。」
「私もですか?」
「二人の方が、きっとゴロさんも喜ぶでしょ?」
シチロージはそう言って顔を上げようとする。
「・・・ヘイさん?」
しかしヘイハチの腕がきつくシチロージの頭を締め付け、シチロージは顔を上げられずにいた。暫くするとシチロージの頭の上に滴が落ちてくる − 何滴も、何滴も・・・
玉瓜 (完)