とりとめの無い話
〜とりとめの無い話〜
「ほら、またそうやって作り笑いを浮かべて!」
恨めしそうなシチロージの顔に一瞬どきりとしながらもヘイハチは
「もともとこういう恵比須顔なんです。」
とさらに笑みを深くしてみせる。
「私はねぇヘイさん、マンゾウに激怒した時のヘイさんの顔の方がよっぽど好きですよ!何でまたよりにもよって私とこうやって二人きりの時にそのへんな作り笑いを向けるんですね、このお人は!」
シチロージはそう言うとヘイハチの腰の部分に丸まっていた掛け布団を乱暴に肩口まで引っ張り上げ、
「私は寂しいんですよ、・・・大好きなヘイさんがその笑顔の裏で涙を堪えていないかってそればかりが心配で。」
少し大げさに溜息をつき、うつむいて目を伏せるシチロージにヘイハチは、
「な、シチさん!涙なんか堪えてませんて。本当にシチさんといる時は、嫌な事全て忘れられるというか。」
「本当・・・ですか?」
「本当です!」
「じゃあ、米よりも私の事が好きで?」
「それとこれとはちょっと話しが違うような・・・あっ拗ねないで下さい!お願いだから!」
涙の溜まった瞳を見上げながらヘイハチはシチロージの涙を拭おうと両手を伸ばすが、反対にシチロージに手首を捕らえられてしまう。ヘイハチの唇に甘い温かいものが伝わる。
「米と私、どちらが美味しいですか?」
「い・・や・・、シチさん比べるもの、間違ってます。」
げんなりするシチロージに、
「・・・じゃあシチさん、ユキノさんと私、どちらが好きですか?」
とさりげなく聞きたかった事を聞くヘイハチに、シチロージはそれまでの悲壮感を綺麗さっぱり片付けて、
「それとこれとは次元が違うってもんでげぇすよ。」
と額を打ってみせた。
「でもこれだけは覚えといて下さいな。私はあなたの為だったら全てを捨てる事が出来る。」
「では、ユキノさんは?」
「うーん・・・ユキノには私の幸せを全てあげることが出来る。」
「どういう違いなんですか?」
「さあね。私にも分りません。でも一緒にいたいと想うお人はヘイさんです。例えヘイさんが米に夢中に喰らい付いて私なんか眼中に無い時でも私にとっては愛しいんでげえすよ。困ったもんですね。」
と、とぼけた顔をするシチロージにヘイハチは思わずぷっと吹き出した。
まっさーじ ちぇあ
「カンベエ様、私は先に上がらせて頂きますね。」
「シチ、早いな。」
「なんだか今日はのぼせそうで、あっカンベエ様はごゆるりとなさって下さい。」
烏の行水宛ら温泉から早々に出て体をさっさと拭いてしまうとシチロージはアレに向かった。
今日は日頃の疲れを労う為、カンベエがシチロージの為に温泉宿を一泊予約してくれていたのであった。
二人部屋から連れ立って温泉へと向かう途中の休憩室の隅にひっそりと置いてあるアレをシチロージは発見
してしまう。
(今日こそは・・・・)
見つからずに実行するにはまずカンベエより15分は早く上がらないといけない。幸いカンベエは長湯・・・。
シチロージはスイッチを入れ、首・肩コースの揉み上げボタンを押した。
(ふう、極楽極楽っと)
シチロージは、なで肩の為肩が凝る。いつもカンベエがマッサージをしてくれているのだが、カンベエも
疲れていると思うとあまり要求も出来ない。しかもおっさま、肩や腰は早々に切り上げ、自分のお気に入りの
鎖骨上部ばかりを揉んでくる。
(・・・そんな所、凝らないでげぇすよ。)
上目使いで軽く睨むシチロージを満足そうに見やるカンベエは全くマッサージの意味を取り違えていた。
(これこれ、うっ・・・声が出そうでげぇすよ)
目を軽く閉じていたシチロージは妙な圧迫感を感じうっすらと片目を開けると柱の影にいつもの頭の半分の量
しかないカンベエがぽたぽたと滴を滴らせ悲しげな瞳を揺らし立ちつくしていた。
(うっ・・・おっさま。)
見なかった事にしようとシチロージはもう一度軽く目を瞑るが
「シチ・・・儂。」
との声に観念して、立ち上がった。
「カンベエ様・・・早く髪を拭かないと風邪を引いてしまいますよ。」
シチロージは晒しを取りに更衣所へと戻った。さて、なんと言い訳したらよいやら、素直に言ってしまおうか、
いやいやそれではカンベエ様の立つ瀬が無いというもの・・・。戻れば、カンベエはマッサージチェアが
びしょびしょになるのも構わずご満悦な様子で全身コースをセレクトしている様子。
「・・・カンベエ様・・・あの髪は?」
「終わってからだ、シチもやれ。」
「・・・承知。」
二人並んでマッサージチェアに無言で寝そべる。
「・・・シチはこうして欲しかったのだな?」
暫くの後、静かに語りかけるカンベエにシチは
「これには愛がこもっていませんから。」
と前を向いたまま静かに微笑む。カンベエは満足そうに
「そうであろう。」
と溜息をつき目を閉じた。
(完)