つばさ岩の前で満面の笑みを浮かべ大きく手を振る少女の背後に―
遠くを見据える二つの深い穴が潜む乙女―
妖刀狩り(三)
「コマチ殿、キララ殿!!」
「カツの字!シチさん!!」
「コマチ殿、綺麗になって!キララ殿は少し痩せたんじゃ・・皆さん、お変わりないでげしょか?」
コマチは三年前よりもいくらか背が伸びはしたものの、昔と変わらずに愛くるしい笑顔を二人に向けていた。
水分りの巫女としての責任を一任された今、無邪気な笑顔はそのままだかよくよく見ると、
いつも心にはキクチヨがいるとばかりにその瞳は澄んでどこか達観した様な印象を与える。
キララはがらりと変わり以前の面影はなく、ふっくらとした頬は削げ落ち、
豊かだった黒髪を今は肩先までざっくりと切り落としていた。
澄んだ眼差しの少女が今では深い海の底に漂う様なそれに変化を遂げている・・
「はい!リキチさんも、オカラちゃんもみんな元気です!おっさまは、じさまの家で話しこんでます。
みんなが着いたらすぐ案内する様にって、じさまからです。」
長老ギザクの家に辿り着くと既にカンベエが囲炉裏の奥の方でギザクと話し込んでいた。
「シチロージ様に、カツシロウ様、お久しぶりにごぜぇます。」
口々にシチロージ様、カツシロウ様と懐かしそうに歓声が上がる中で、シチロージも嬉しそうに一人一人に声を掛けている。
「皆も達者の様で何よりだ。」
カツシロウが周りを見渡すとリキチやマンゾウ、そしてオカラやオシノまでが顔を揃えて待っていた。
久々に揃った3人に村人達は居ても経ってもいられなく、自分達の納戸や土蔵の奥に隠していた酒や肉・魚の燻製などを
持ち寄ってギザクの家に集まって来たのだ。
「おめえ、こげなもんまで蔵さ隠してあったのか。」
どこで手に入れたのか、南国の芋から作られるという酒を持ち出してきたゴヘイにリキチは呆れ顔でそっと耳打ちした。
「シチロージ様やカツシロウ様に飲んで貰いたくて、嫁にも内緒で蔵の小さな樽さ、隠して置いたのをこっそりと持ち出しただ。
リキチ!!ち、ちょっと何するだ?」
うっとりと掌の酒瓶を撫でているゴヘイから、さっさとリキチは酒を奪い取り、シチロージとカツシロウに勧めた。
「さあさあ、シチロージ様にカツシロウ様、飲んで下せぇ。ところで妖刀狩りですがおらも一緒に連れっててくれねぇべか?」
すーっと真面目な顔になるリキチにマンゾウが
「まあまあ、今日はお堅い話は抜きだぁ。」
そう言うと自ら踊り出す。オシノが慌てて止めに入るが周りが囃し立て、我も我ものドンチャン騒ぎの始まりだ。
キララがカツシロウの傍に行き酌をした。
「すいません・・御三方が来るというので、皆はしゃいでしまって・・。」
「いいではないか。心から歓迎される場所があるというのは、嬉しいものだ・・例え、一時でも。
それにこういう事が無いと村人も集まるきっかけがない。」
笑顔を見せなくなったキララに昔、笑顔を見せる余裕の無かったカツシロウが笑みを浮かべている。
「カツシロウ様、お願いがあります。今回の妖刀狩り、私も一緒に連れて行って頂けないでしょうか。」
「今回はおそらく先生とシチロージ殿と私、そして水分かりの巫女としてコマチ殿の4人であろう。
紅蜘蛛や雷電といった大型の野伏せりはもう殆どが全滅しているはず。さりとて敵の人数も分からず・・相手は
妖刀の力が潜んでいる。3人でも太刀打ち出来ぬかもしれぬし、コマチ殿を守るので精一杯だ。そなたを守ること
は出来ぬぞ。」
「分かって居りますゆえ・・私もこの3年間、さる武人から槍の稽古を付けて頂いておりました。
守って貰おうとは思っておりませぬ。我が身は自分で守ります。」
「私の一存では・・先生やシチロージ殿と相談してから後に。ところでシチロージ殿は?」
キララと話し込んでからふと目を挙げると、先程まで斜め後ろにいたはずのシチロージの姿が見えない。
赤い顔をしたリキチに尋ねると、トロンとした瞼を上げながら答える。
「そういや、ちょいと夜風にあたって来ると言ったっきりお戻りにならねえですだ。何処ぞにか行かれたんじゃ・・。」
ぱっと立ち上がろうとするカツシロウを制してコマチが
「私が見てくるです。カツの字は今日の主役です。ここに居て下さい。」
ゆっくりと腰を下ろさせる。隣にいたオカラも頷いた。
「そうだよ?シチさんだったらオラ達に任せておきなって。」
(ゴロさん、ヘイさん、キクチヨ・・・キュウゾウ、ただいまでげぇす。)
シチロージは墓標のないこんもりとした小さなくぼみをそっと撫でた。懐かしさに胸が詰まり、
眼の奥からジーンと熱いものが込み上げてきた。
(おっと・・このシチさんも歳ですかね・・最近、涙脆くていけねぇや)
(必ず四人の墓標、取り返してやりますんで、それまで待ってておくんなせぇ・・)
縁側に出てキララに酌をして貰いながらカツシロウはずっと疑問に思っていた事を口にした。
「キララ殿、妖刀を取り戻せば四人は生き返るというのは誠なのか?」
「ええ・・しかし生き返るといえどもそれは四人が望めばというもの・・一度は死んだサムライなればやはり成仏したいと思うのです。」
「それでは・・個人の意志でこの世かあの世かを選択すると?」
「そうなるであろうと思います。」
「キクチヨ殿は残るのではないか?コマチ殿もいるこの世に。キュウゾウ殿は・・。」
「さあ・・でもコマチはああ見えて自分なりに納得しているみたいです。この間も『生き返ったら言えなかった事を言わなくっちゃ。』
とぽつり零していましたから・・キクチヨ様が成仏したいと言えば送り出す覚悟はしているようです。」
酌をするキララの手の手を止め、そっと自分を手を重ね合わせてカツシロウは呟いた。
「・・そなたは人を斬った訳でもないのに何故、その様に戦場に彷徨うた眼をしておるのだ。」
「あの戦が終わって、気づくと私の体には血の匂いがこびり付いておりました。村人達が何にもなかったかの様に
陽気田植え歌を歌い稲刈りをする中で、私の中に眠っていた獣はどんどんと大きく強くなっていくのを感じました。
このままではいけない・・そう思い、正直にばばさまに相談した所、隣村の道場に話をしてくれて槍稽古を付けて貰う事になったのです。」
(同じ痛みを分け合い過ぎて、キララ殿は・・)
俯くカツシロウを見てキララは重ねられた手を一旦引っ込め、カツシロウの上に重ねて昔の様に微笑んだ。
「カツシロウ様のせいではありません。これはわたしの性、ですので断ち切る為にも一緒に参りたいのです。」
「シチロージ殿、キララ殿が・・。」
「一緒に来たいのでげしょ?」
にやりと笑うシチロージにカンベエもしきりに顎を擦っていた。
「何故それを?」
「いや何、血の匂いがしましたから。」
目を丸くさせたまま、おし黙ってしまったカツシロウの代わりにカンベエがぽつんと呟いた。
「決まったな。我ら3人とコマチ殿、キララ殿。後の村人はいつ何時、野伏せりが襲って来るやもしれぬので村で待機。
伝令として村で何か分かり次第、早亀でリキチを寄こすとの事だ。明日、詳しい事を伝える。」
そう言ってカンベエは三人の宿になっている水車小屋へと一人、向かって行った。
「シチロージ殿・・・。」
「カツシロウはキララ殿に『この手を離すな』と約束したではないか?」
「それは昔の話で・・。」
「昔も今もない。一度、契った約束なれば死ぬまで守り通すのが武士であろう。」
「・・・。」
「キララ殿が闇に落ちそうになった時に、そっとカツシロウが手を引いてお上げなさい。」
そう言うとシチロージは森の中へと入って行く。シチロージの今にも消えそうなその後ろ姿に
カツシロウは思わず叫んでいた。
「シチロージ殿も私の手を離さないでいて下さい!!」
シチロージはかつてキュウゾウがよく眠っていた大木の下に来ていた。キュウゾウがよく腰掛けていた場所を
そっと撫でると柔らかい風が額にあたる。煌々とした月に照らされ草露がキラキラと幽かに光る中、シチロージは
幹に凭れ、ゆっくりとその隣に腰掛けた。
(キュウゾウ、昔はよく二人でこうしましたね・・全く、カツシロウときたら・・私は誰の手を握っていればいいんですかね)
(俺の手を・・)
「・・・?!!」
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